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大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)1321号 判決 1979年4月12日

控訴人 甲野一郎

右法定代理人親権者父 甲野太郎

同母 甲野花枝

<ほか二名>

右控訴人ら三名訴訟代理人弁護士 町彰義

被控訴人 京都市

右代表者市長 船橋求己

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 納富義光

主文

一  原判決中控訴人甲野一郎と被控訴人京都市に関する部分を次のとおり変更する。

1  被控訴人京都市は控訴人甲野一郎に対し金六〇〇万七〇四八円及び内金五七〇万七〇四八円に対する昭和四八年五月九日から、内金三〇万円に対する昭和五一年五月八日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人甲野一郎の被控訴人京都市に対するその余の請求を棄却する。

二  控訴人甲野一郎の被控訴人田中喜代三、同櫟博に対する本件控訴を棄却する。

三  控訴人甲野太郎及び同甲野花枝の本件各控訴を棄却する。

四  訴訟費用中控訴人甲野一郎と被控訴人京都市との間に生じた分は第一、二審を通じこれを二分しその一を控訴人甲野一郎の、その一を被控訴人京都市の各負担とし、その余の訴訟費用は第一、二審を通じ控訴人ら三名の負担とする。

五  この判決は第一項1に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  控訴人ら

1  原判決を取消す。

2  被控訴人らは各自控訴人甲野一郎に対し一三四二万五〇九六円、同甲野太郎及び同甲野花枝に対し各一一〇万円及びこれらに対する昭和四八年五月九日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

4  仮執行の宣言

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二当事者の主張、証拠関係

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり訂正付加するほかは原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決五枚目表八、九行目の「または民法七一五条一項」を削る。)。

一  控訴人ら

1  原判決は、訴外乙山秋男(加害者)は事故当時一三才四か月で是非善悪を識別する能力を具えていたから責任能力があったと認定している。

しかし、本件事故の態様は、授業中級友に対して投石するという異状なもので、同人が「法律上の責任を弁識し、その判断に基づいて行動する能力」を備えていたとは考えられない。授業中本件の如き危険な投石行為を敢てしたこと自体、その思慮浅薄、精神的未熟を物語るものである。

2  生徒は屋外授業というだけで教室の緊張から解放され、教師の目のとどかないことをよいことに放恣な行動に出がちであるから、教師が美術等の屋外授業を実施するにあたっては、このような生徒の心理を洞察し、写生をさせる場所の選定、生徒の配置等に万全の注意をはらい、事故の発生を未然に防止する職務上の義務がある。

本件事故は、京都市立洛北中学校美術担当の教諭である被控訴人櫟博が二年生に対し同校校庭で美術の屋外授業(授業時間午前一〇時三〇分から同一一時二五分まで)をしている最中に発生したもので、右洛北中学校では、昭和四八年四月中旬頃同校の正門付近や京福電鉄岩倉駅付近で投石した生徒がいて、同校校長被控訴人田中喜代三は同年四月一九日の職員会議で全教諭に対し注意を促したことがある。よって、被控訴人櫟としては、右屋外授業を立案、実施するに際しては、生徒が投石する事態の発生することが十分予測できたのであるから、事前に全生徒に対し投石等他人に危害を及ぼす行為をしてはならない旨厳重に注意し、写生させる場所の選定に意を用い、全生徒を居ながらにして自分の目のとどく位置におき、その範囲内の場所において各自好む地点において写生させて指導すべきであるのにかかわらず、これを怠り、予め生徒に右注意を与えず、しかも写生場所の選定を誤って自己の目の届かない校庭の各所に分散させた結果、本件事故を発生させたものであって、本件事故発生について被控訴人櫟に過失があったものといわなければならない。

よって、被控訴人京都市は、国家賠償法一条により、同市地方公務員である被控訴人櫟の過失によって生じた本件事故に基づく損害につき損害賠償責任がある。

3  控訴人らは、弁護士大瀬左門に対し、本件訴訟に関する弁護士費用として三〇万円を支払った。

4  被控訴人の過失相殺の主張は争う。乙山秋男が控訴人甲野一郎に投石したのは、同控訴人が乙山秋男をからかったことに原因があるとしても、同人は投石を一旦中断し、その後に投げた石が同控訴人の右眼に当って負傷したのであるから、右負傷とからかったこととの間には因果関係がない。

二  被控訴人ら

1  仮に被控訴人らに責任があるとしても、乙山秋男が投石するようになった原因は、控訴人甲野一郎が同人をからかったことにあるから、同控訴人にも過失があり、従って損害額の算定について過失相殺さわるべきである。

2  控訴人が本件訴訟に関し弁護士費用を支払ったことは知らない。

三  証拠関係《省略》

理由

一  控訴人甲野一郎(昭和三四年八月三日生)は、控訴人甲野太郎とその妻同甲野花枝との間に生まれた長男であり、昭和四八年五月九日京都市左京区所在京都市立洛北中学校の二年生であったこと、訴外乙山秋男(昭和三五年一月二日生)も当時同中学校の二年生で、控訴人甲野一郎と同じクラスに属していたこと、被控訴人田中喜代三及び同櫟博は、被控訴人京都市の地方公務員で、当時被控訴人田中は同校校長、被控訴人櫟は同校美術担当教諭であったこと、控訴人一郎は昭和四八年五月九日被控訴人櫟の美術の授業中乙山秋男の投げた石が右眼に当って負傷し、当日から昭和四八年五月一一日まで貝塚病院で治療を受け、同月一一日から同月三〇日まで京都府立医科大学付属病院に入院し、退院後昭和四九年一二月二三日まで同病院に通院したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

被控訴人櫟博は、昭和四八年五月九日午前一〇時三五分頃から京都市左京区所在同市立洛北中学校において同校二年三組の生徒に対し担当の美術の授業を行い、最初二年三組の教室で生徒に校内(敷地の広さ約六〇〇〇坪)の随意に定める場所で遠近法をとり入れた写生をするよう指示し、次に美術資料室で生徒に画版をくばり、校内全域の各所に散らばった生徒を見歩いて個別指導をしていた。

控訴人甲野一郎は右授業を受けていた生徒の一人であって、校庭内の東端にあるバレーコート付近で同級生の丙川勇とともにベンチに坐って写生していた。近くには同級生の女生徒の丁田咲子、戊島早苗ら数人が写生していた。乙山秋男は屋内運動場と製図室との間付近で写生していたが、授業開始後約二〇分経過したころ右丁田咲子らの写生しているところへ来て同女らの絵を覗き込み、続いて校庭中央付近から校庭外南方の道へ向って投石し始めた。そのとき、控訴人甲野一郎は、乙山秋男が丁田咲子に好意をもっているとの噂があったことから、丁田の側にいる自分の方向へは投石しないだろうと思って、「丁田が側にいるからよう投げんやろう。」と言って投石している乙山をからかったところ、乙山はこれに反発して、約一〇メートル離れたところにいた控訴人一郎に対してその辺に散在していた直径一・五ないし二センチメートルの小石を拾って六、七回投げつけた。控訴人一郎は所持していた画板でこれを避けていたが、乙山が少し間隔をおいて投げた最後の石を避け損い、右石は控訴人一郎の右眼に命中し、血が流れ出た。そこで丙川、乙山らが付添って控訴人一郎を保健室へ連れていった。

被控訴人櫟博は、右事故が発生した当時建造物の陰にかくれて事故現場が全く見えない場所にいたのであるが、校門を入った前庭から屋内運動場前辺りに散在している生徒を見回り、さらにプール周辺を通って校庭に出て事故現場に来たところで、控訴人一郎の持っていた書き手のない画板を発見し、付近の生徒にその理由を尋ねたところ、初めて本件事故の発生を知り、そこで直ちに保健室に行ったが人影がなく、職員室まで戻って戸倉教頭から控訴人一郎が医者に連れて行かれたことを聞き、その後乙山から事件の報告を受けた。

控訴人甲野一郎は投石が右眼に命中したことにより右眼外傷性虹彩炎、網膜出血、外傷性網脈絡膜変性の傷害を受け、前記のとおり貝塚医院及び京都府立医科大学附属病院で治療を受け、同病院退院後同病院のほか高橋眼科医院へ通院したのであるが、昭和五四年一月一二日現在において右眼につき外傷性強膜破裂後遺症、併発白内障、癈用性外斜視、左眼につき近視性乱視の傷害をのこし、事故前の視力は両眼とも一・五であったが、右眼はほとんど失明し辛うじて明暗の識別ができる程度となり、これに伴って左眼の視力も低下して〇・七となり、勉学、就職、仕事その他生活全般において相当の制約を被ることとなった。

洛北中学校では、その少し前生徒の投石等によって教室のガラスが多数破損したり、上級生によって下級生が暴行を受け負傷するような事件があった。被控訴人田中喜代三は昭和四八年四月一日同校校長に任命され、着任後同月中旬ぐらいまでの間に同校正門の池のところで同校生徒が石を投げているのを見かけ、また、京福電鉄の岩倉駅でも同校生徒が石を投げているのを見かけたので、同月一九日の職員会議の席上その旨を述べて教諭全員に注意をうながし、翌二〇日朝礼において全生徒に「石など投げたりすると思わぬ怪我をすることがあるので注意するように。」と訓辞した。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三  ところで、公立中学校における授業は国家賠償法一条にいう公権力の行使にあたるものと解すべきところ、前記の如く生徒による投石が度々あり校長がその点について全教諭に注意を喚起していたような情況下において、中学二年に進級したばかりのクラスの授業を担当する美術担任教諭としては、教室外写生を実施する場合には思慮未熟な年代の生徒が解放的な気分となり投石等の危険な行動に出ることがあることは予測しえたのであるから、授業を始めるに当ってそのような行動をとらないようあらためて厳重に注意し、写生場所は自己の視線のとどく範囲内の地点に限定し、絶えず生徒を監視するとともに、生徒をして自己の所在を認識させることにより投石等の危険な行動に出ないよう自粛させ、投石した場合には直ちにやめさせ、また、全体について注意がゆきとどきにくい場合に備えて写生を幾つかの班組織で行い、班ごとに責任者を定め事故発生の危険がある場合は直ちに連絡をとらせる体制をとる等して全生徒を常時掌握監督し、よって事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるところ、前記事実によると、被控訴人櫟博はこれらの措置を怠り、漫然と生徒を自己の視線のとどかない校内の随意の場所に分散させ、解放感を与えすぎた結果本件事故が発生したもので、同被控訴人が前記のような措置を講じておれば授業中本件のような事故が発生することは避けえたものと認められるから、同被控訴人には本件事故発生について過失があったものというべきである。よって被控訴人京都市は控訴人甲野一郎に対し国家賠償法一条により前記事故による損害を賠償する責任がある。

そして、地方公共団体がその公務員の職務上の行為について同条の規定により損害賠償の責に任ずる場合には、当該公務員個人は損害賠償責任を負わないものと解すべきであるから、被控訴人櫟博は本件事故について損害賠償責任を負わない。

被控訴人田中喜代三については、前記事実によれば、本件事故の発生につき過失は認められない。

四  すすんで、控訴人甲野一郎の損害額について検討する。

1  《証拠省略》と前記認定事実を総合すると、次の事実が認められる。

控訴人甲野一郎は本件事故発生後昭和四八年五月一一日から同月三〇日まで二〇日間京都府立医科大学附属病院に入院して治療を受け、右入院中雑費として一日につき少くとも四〇〇円を費し、また、その間控訴人甲野花枝が毎日付添看護しており、右付添費用は一日当り少くとも一三〇〇円であり、前記退院後の通院費用として控訴人甲野一郎は少くとも合計五〇二二円を支出した。

控訴人甲野一郎は事故前右眼の視力が一・五であったのが本件事故によりほぼ失明の状態に至ったのであるからこれによる労働能力喪失率は四五パーセントとみるのが相当であり(自賠法施行令二条後遺障害別等級表に当てはめると第八級に該当する。)、その逸失利益を現価計算した額は同控訴人の請求する一〇二一万〇〇七四円を下回るものではない(本件事故後の昭和五〇年賃金センサス一八才の産業計、企業規模計、学歴計の臨時給与を含む平均給与月額九万一八〇〇円、年間収入一一〇万一六〇〇円を基礎とし、労働可能年数を一八才から六七才までとした場合、一三才の男子のうべかりし利益の総額は、ホフマン式単利年金現価表(係数二一・四四二)によると、二三六二万五〇七円となり、その四五パーセントは一〇六二万九二二八円となる。)。

そのほか控訴人甲野一郎は本件負傷に伴う学力低下を取戻すため家庭教師を雇い、一一か月間月額一万五〇〇〇円を支払った。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠がない。

そうすると控訴人甲野一郎について左記の損害額を認めることができる。

(1)  入院雑費二〇日分 八〇〇〇円

(2)  入院付添費二〇日分 二万六〇〇〇円

(3)  退院後通院費 五〇二二円

(4)  逸失利益現価 一〇二一万〇〇七四円

(5)  勉学補助費 一六万五〇〇〇円

合計 一〇四一万四〇九六円

2  前記認定事実によると、乙山秋男が控訴人甲野一郎に向って投石したのは控訴人甲野一郎が乙山秋男をからかったことによるものと認められるから、控訴人甲野一郎は本件事故発生について過失があったものというべく、これを損害賠償額の算定について斟酌し、右各損害額の五割を減じた額を請求しうる損害額と定めるのが相当である。そして、控訴人甲野一郎は当裁判所における昭和五三年一〇月四日の和解期日において乙山秋男の両親である乙山春男及び乙山夏美から本件事故について損害賠償として五〇万円の支払を受けていることが本件記録により明らかであるから、右五〇万円を右過失相殺後の金額五二〇万七〇四八円から控除すべきである。そうすると、控訴人甲野一郎の請求しうる損害額は四七〇万七〇四八円となる。

3  控訴人甲野一郎の傷害の程度、治療経過、その他前記認定の諸般の事情を総合勘案すると、控訴人甲野一郎の本件負傷による精神的損害を慰藉するには一〇〇万円をもって相当と認める。

4  《証拠省略》によると、控訴人甲野一郎は本訴提起に際し京都弁護士会所属弁護士大瀬左門に対し本件訴訟の追行を委任し、遅くとも本訴提起日であることが記録上明らかな昭和五一年五月八日までにその着手金として三〇万円を支払っていることが認められ、右金額は本件訴訟を委任するについて相当額の報酬であると認められる。

五  控訴人甲野太郎、同甲野花枝は、固有の損害として被控訴人らに対し慰藉料及び弁護士費用の支払を求めているけれども、第三者の不法行為によって身体を害された者の両親はそのために被害者が生命を害された場合にも比肩すべきまたは右場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けたときにかぎり自己の権利として慰藉料を請求しうるものと解するのが相当であるところ、控訴人甲野一郎の負傷の程度は前記のとおりであって、決して軽くはないが生命を害された場合に比肩するほどではないから、控訴人甲野太郎及び同甲野花枝は自己の権利として慰藉料を請求することはできず、その認容されることを前提とする弁護士費用の請求もまた失当である。

六  よって、控訴人甲野一郎の被控訴人京都市に対する本訴請求のうち、前記四2ないし4の認定金額の合計金六〇〇万七〇四八円及びうち弁護士費用三〇万円を除く金五七〇万七〇四八円に対する本件損害発生の日である昭和四八年五月九日から、うち弁護士費用金三〇万円に対する本訴提起日であることが記録上明らかな昭和五一年五月八日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容すべきであるが、その余の請求は失当として棄却すべきであり、控訴人甲野一郎の被控訴人田中喜代三及び同櫟博に対する請求及び控訴人甲野太郎、同甲野花枝の被控訴人ら三名に対する各請求は、いずれも失当として棄却すべきである。

そうすると、控訴人甲野一郎の被控訴人京都市に対する控訴は一部理由があるから、原判決中控訴人甲野一郎と被控訴人京都市に関する部分を主文一項12のとおり変更し、控訴人甲野一郎の被控訴人田中喜代三及び櫟博に対する控訴及び控訴人甲野太郎及び同甲野花枝の被控訴人ら三名に対する各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川添萬夫 裁判官 吉田秀文 中川敏男)

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